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聖寿禅寺

聖寿禅寺 (しょうじゅぜんじ 臨済宗妙心寺派)は、南部家第2代実光が初代光行の菩提を弔うため建立された南部家菩提寺。 多くの殿様縁者家老たちが眠っています。

 

 

 

古くは上田と云われていたのが、 南部氏とともに聖寿禅寺が三戸から盛岡に移った際に北山となりました。

 

北山という地名は、 比叡山延暦寺が京都の北に位置し、京都御所の平安を守る役割をもっていたことから、名づけられたといわれています。

 

 

 

京都にならい領内北側の、北山、名須川、 そして本町愛宕町などに寺社を集め、敵に備えたのです。

 

本堂は八角形で、 法隆寺夢殿を模して建てられました。

 

 

明治の初め、南部藩が採った抵抗の報復に、 菩提寺の聖寿禅寺は無残に破壊されました。木造の五重の塔も壊されて現在はわずかにその面影が残るだけです。

 

 

そのためなのでしょうか、 南部家菩提寺としてゆったり造られてはいますが、とても寂しいおもいを抱かせるお寺です。

 

東禅寺(とうぜんじ  臨済宗)

 

 

東禅寺には、内政手腕に優れた実力者で、 元和元年(1615)には盛岡城を築城して城下町を形成し盛岡藩の基礎を固めていった、 南部氏27代で陸奥盛岡藩の初代藩主利直(としなお)が、ここに眠っています。

 

彼のほか31代信恩(のぶおき)、35代利正(としまさ) 、37代利用(としもち)及び39代利義(としとも)の、5人の藩主の遺骨が納められています。

 

 

この方たちは側室の子であり死してなお、 南部家菩提寺に入ることを許されなかったのです。

 

盛岡5カ寺のひとつで、聖寿禅寺のすぐ近く国道4号線沿いにあります。

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