宝徳寺
宝徳寺で啄木はここで多感な少年期を過ごします。 鬱蒼たる木に覆われた境内をもった、西に向かって建っている宝徳寺。ここの木を叩く啄木鳥(きつつき) の音を聞いて啄木のペンネームになったといいます。

啄木の父一禎は明治20年(1887)1歳の啄木を連れて宝徳寺の15代住職として入山しました。明治37年父が住職を罷免され、翌38年罷免は避けられるものの、寺を出ることになるのです。

門を入ったところに、
『ふるさとの寺の畔の
ひばの木の
いただきに来て啼きし閑古鳥』
と、「悲しき玩具」の歌碑がある。
閑古鳥は、 カッコウのことで詠んだ歌は多い。

さらに境内には、凌霄花(ゆうぜんかづら) の詩碑もあります。
啄木が愛し、 啄木庵と称した部屋は復元されています。庭には白蘋(はくひん)の池がありますが、 中学時代に用いた最初の筆名はこれに由来しています。
啄木が生涯ふるさととして愛し続けたのはこの村で、 志なかばで病を得て帰郷し療養したのもここでした。
愛宕展望台を啄木は「生命の森」 と呼んでいました。ここには、
『新しき明日の来たるを信ずといふ
自分の言葉に
嘘はなけれど── 』
の、啄木自筆の碑があります。
施設名:宝徳寺
住 所: 岩手県盛岡市玉山区渋民2-1
電 話:019- 683-2616
アクセス
バ ス:JR盛岡駅から岩手県北バス沼宮内行きで約40分、啄木記念館下車。徒歩すぐ
JR盛岡駅からのルート図は[渋民公園]に載せています
[ 渋民周辺 ]
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