盛岡ナビ

盛岡は、城下町の面影と大正の建築美が残る杜と水の街・・・

盛岡市中央公民館

盛岡市中央公民館は、旧盛岡藩主である南部家の別邸が設けられていた由緒ある場所にあり、別邸跡をしのばせる美しい日本庭園をみることができます。

盛岡中央公民館

郷土資料館には、江戸時代における盛岡藩政の流れや生活と文化を総合的に紹介し、南部家に伝わる調度工芸品や盛岡の伝統芸能、民俗資料などを紹介しています。

糸屋

盛岡市中央公民館は、延べ床面積、敷地面積ともに日本一広い公民館で、敷地内の重要文化財旧中村家は、「糸屋」または「糸治」とよばれた大きな商家です。母屋は文久元年(1861)に造られたもので、増改築が行なわれておらず当時そのままの貴重な姿を保っています。

いとや

また庭園内には、明治天皇が2度の東北巡幸の際に宿泊所となった建物の一部である「聖風閣」。

盛岡中央公民館 庭園

盛岡出身の俳人・山口青邨(やまぐちせいそん)の育った家屋「愛宕亭」。平民総裁原敬の別邸内にあった茶室「白芳庵」が、それぞれ移築されています。

盛岡中央公民館

裏手側の愛宕山展望台や雑木林の中には、盛岡ゆかりの歌人である立原道造や武島繁太郎などの詩碑を見ることができます。

昭和初期の詩壇にすい星のように登場し、 24歳で帰らぬ人となった詩人・立原道造(たちはらみちぞう)は、昭和13年9月から10月まで盛岡の下小路に滞在しました。その間盛岡での叙景や心情を綴ったのが「盛岡ノート」です。

『光あれと ねがふとき 光はここにあった!・・・』

で、始まる「アダジオ」もこの作品の中の一つで、愛宕山の松林の中に石碑が立っています。

盛岡ノートは2008年1月に地元の書店から再刊行され注目されています。

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