渋民に啄木を訪ねる
石川啄木記念館には、代用教員時代の小学校校舎とそのとき住んだ斉藤家が、復元・移設されています。
渋民尋常小学校旧校舎は、石川啄木の母校でもあります。
啄木は明治24年にこの小学校に入学してから4年間通い、その後39年4月から1年間代用教員として教鞭をとったのでした。
当時の一般的な板葺きの柾(まさ)屋根造り、中が見えにくく日差しや風通しが調節できる連子(れんじ)格子や障子張りなど、現存する学校校舎としては県内で最も古く、明治前期の校舎の面影を遺す貴重な建物です。
正面入り口で履物を脱いで中に入ると左側に大きな机、正面には暖炉のあとが・・・
右奥には2階への階段と昔使ったであろうオルガンが、そのままの状態で置かれています。
ギシギシと音のする広い階段を上っていくと、当時をそのまま感じることができる教室があります。
長い木のいすに座って黒板に向かうもよし、教壇に立ってみるもよし。遠い記憶を思い出すかもしれません、私はいすに座ってみました。
その頃石川啄木が生活していた借家は、隣に同じように移設保存されています。
ここで書かれたものには、「雲は天才である」や「面影」などがあります。また、啄木が北海道に旅立ったのもこの家からでした。
啄木記念館は、啄木理想の「家」を模し、昭和61年(1986)啄木生誕100年を記念して建てられました。
『(略)
場所は、鉄道に遠からぬ、
心おきなき故郷の村のはづれに選びてむ。
西洋風の木造のさっぱりとしたひと構へ、
高からずとも、さてはまた何の飾りのなくとても、
広き階段とバルコンと明るき書斎・・・
げにさなり、すわり心地のよき椅子も。
この幾年に幾度も思ひしはこの家のこと、
(略)』
呼子と口笛から「家」
「呼子と口笛」は、石川啄木没後、娘京子の婿・石川正雄が編集・発行した啄木研究雑誌です。
記念館はふるさとを追い求めた啄木の貴重な資料を多数収蔵されています。
ここから国道4号線を分かれて10キロほど入っていくと、山あいの耕地の少ないところに、啄木が生まれた常光寺があります。
啄木が多感な少年期を過ごしたであろう宝徳寺は、すぐ隣に位置し鬱蒼たる木に覆われてます。
石川啄木が歌い、そして遠い果の地から想いつづけた啄木のふるさとを訪ねるなら、渋民公園が好いでしょう。
全国で一番最初に建てられた歌碑と、啄木のおもひでの山、おもひでの川を観ることができます。記念館からは徒歩5分の距離です。
施設名:石川啄木記念館
住 所: 岩手県盛岡市玉山区渋民9
電 話:019- 683-2315
アクセス
バ ス:JR盛岡駅から岩手県北バス沼宮内行きで約40分、啄木記念館下車。徒歩すぐ
営業時間:9:00~17:00(11月~3月は16:40まで)
入場料金:大人450円、学生320円、小学3年生~中学生200円
駐車場:無料
