南部鉄瓶
南部鉄瓶は、旧南部藩の城下町盛岡が発祥の地です。重厚な質感と繊細な模様、あきのこないシンプルなデザインは温かさを感じさせ,国内はもとより海外でも愛用されています。
今から約250年前の江戸時代中ごろ、茶道に造詣の深かった南部藩主が、 盛岡周辺から採れる砂鉄、川砂など良質の原材料が産出することから茶の湯釜の制作を思い立ち、 わざわざ京都出身の釜師(初代小泉仁左衛門)を向かい入れ、 茶の湯釜を作らせたのが始まりと伝えられています。

当時から優れた技術を誇っていた南部の茶の湯釜を基に、3代仁左衛門が注ぎ口とつるを付けた野点用の「手取釜」を考え、やがて煎茶が普及して町民文化にとけこんで江戸後期には「鉄瓶」という名称になり、現在まで受け継がれています。
歌舞伎の「与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)」の一幕、「源氏店(げんじだな)」。
加藤茶がドリフ時代によく使った「ご新造さんへ、おかみさんへ、お富さんへ、いやさ、お富、久しぶりだなぁ~」の、与三郎とお富の会話の中にも出て来ます。
与三郎とお富が再会した場面で『お鉄(鉄瓶)は南部で…』と言うせりふがあり、当時から有名ブランドとして定着していたものと思われます。
伝統工芸品に指定されている釜や鉄瓶は、焼型法で作られていて出来るまでには50~80以上の作業工程があります。焼型法は鋳型の実型に粘土と川砂を混ぜた土で、凹外型、凸中子を作り充分に乾燥させたあと、炭火で焼締めされ強くしています。
美しさと優れた機能を探求した職人たちが、一品毎に丹念に作りあげています。代表的な紋様の霰(あられ)。一つひとつ細い金属の棒で鋳型に押してゆきます。
鉄瓶は日本で第1号の「伝統工芸品」に認定された品です。

鉄瓶には表と裏があり、写真などでお湯の注ぎ口が向かって右側になっているのはこのためです。アンティークなデザインとともに鋳肌や絵柄を楽しみながら使いこなしてはどうでしょう。ふた、つまみ、つるは鉄瓶ならではの造り手たちの遊び心を楽しみましょう。
茶の湯の美意識を感じさせるのが模様の無い鉄瓶。ザラリとした鋳肌は侘び寂びの世界。虫食いは枯れた趣きを感じさせるために工夫されたもの
水の中に含まれるカルキ分を鉄瓶の内部で取り除かれる為とてもおいしいお茶がいただけます。味にまろやかさが出るとともに、使っていると少しずつ鉄分(二価鉄)が湯に溶けていくように工夫されており、貧血気味の方や鉄分補給にもお薦めです。
手入れは使い終わったら熱いうちにお湯を流して中を乾かしてください、外側は乾拭きで大丈夫。
使い込まれた鉄瓶の表面は微かな錆で覆われています。
鉄瓶の本当の名品はどこにも売っていません。使い込まれた鉄瓶、長い年月が与えてくれた風合いが名品を作っていきます。
